火おこしちゅう。


by rentacoal

<   2006年 06月 ( 3 )   > この月の画像一覧

細胞論

b0060499_6363717.jpg・・・・・・・・・・等しく同じな存在
ミトコンドリアを命と呼べないのなら、
僕らも命だとは証明できないだろうね。

どこからが命か、その線は曖昧だとつくづく思う。
僕らは母親の胎内でいつのまにか“生まれ”、
死にゆく時もゆるやかに消える。
体細胞が生きてても、意識がなければ人はそれを死とよぶ。
人の生死感は、なんて大雑把なんだろう。

細胞は何も考えない。 ただ黙々と、働いている。
たんぱく質をつくり、細胞を増やし、
その働きが身体を形作っていく。
別に身体を作ろうとは思わない、ただ働く。

おおかたの動植物も、何も考えない。
植物は水と養分を吸い上げ、
獣や鳥はエサをとることで身体の機能を保っている。
そしてある程度の期間を経て、「死ぬ」。
一部の動物は考える能力をもつけれど、
これらは生き残るための条件反射を複雑にしただけで、
物事をおぼえ学習するのも、
二度にわたって同じ危険にさらされないための機能。
免疫細胞が抗体をつくるのと似ている。

つきつめて考えると、自然界に生きる動植物は
「地球」という生き物の、ひとつの「細胞」なんじゃないか。
細胞が生き物を動かすように、生き物が地球をつくっている。
光合成で酸素をつくる細胞もいれば、
それを消費して活動し、やがては養分となっていく細胞もいる。
たまに、行き過ぎたガン細胞もでてくる。

増えたガン細胞は、食べられたり、
逆に食べるものがなくなったりして数が減る。
細胞が互いに干渉しあい、そうして均衡が保たれる。

宇宙から見た地球の姿を思い描くと、
その上に生きる、たとえば一羽のスズメと自分は
同一の存在なのだと思った。
そこに自分と他人の境目はなく、すべては等しく地球の構成員、と。
その意味では、僕らは一個の細胞とも同列の存在で、
また地球全体とも等しく並ぶことができる。
どちらの価値が上、というわけじゃない。
ただ「同じ」なのだろう。

僕ら人間も細胞にすぎないのなら、
地球が壊れて、生きる場所はほかにない。
せめて僕らが、手に負えないガン細胞にならないことを祈ろう。
地球の免疫にも、限度があるのだから。

[あとがきといいわけ]
[PR]
by rentacoal | 2006-06-19 07:49
b0060499_757162.jpg・・・・・・・・・・異質なものが取りのぞかれたあとに
夜。 一人になった居間で、僕は今日も
MOTHER3の最後を見届けていた。
これで4度目だ。
その瞬間がきた。
あのメロディーが、風の中から少しずつ素顔を現し、

雷がなった。 画面いっぱいにひろがった。
痛みをのせたその一撃は、痛みとなって返っていき、
少年はそれを見つめつづけた。
すべては彼の、プレイヤーである僕の、目の前で……

木と金属がまざりあってくっついたような、ロゴ。
それが何を表すのか、環境破壊への非難でもする気なのか、
ゲームを進める最中も気にかかっていた。
その謎はとけなかった。
最後の瞬間を迎えるまで、僕は気づくこともできなかった。

涙がながれた。

涙は悲しいから流れるのではなくて、
流れてはじめて悲しいと気づくんだ。
気づいて追いかけたときにはもう遅くて、もう戻らなくて。
どうしようもなかった。
ただその事実を受け入れようとした、
わりきれない気持ちは少年と僕の涙になった。

感動をうたう作品が相変わらず多いけど、
本当に心動かされたときって
「感動した」
そんな言葉はつかえないと思う。 下品すぎて。
シンプルに表せるものではなく、生やさしくもなく、ゆさぶられたその感覚を
僕らは言葉にできないと思う。

ことばで表せない、けど……
切なくて 愛しくて
身近な人に「ありがとう」と言いたくなる。

そんな感覚が僕らには、足りない。
そんな感覚を呼び覚ますパワーを、このゲームは持っている。
作り物の感動に疲れたあなたがいたら、
このゲームをプレゼントしたい。

素直なきもち、いままでごめんね。
おかえり。 またあえるよね。
…ありがとう。

平気でそう言えるようになる、そんなRPGです。
(MOTHER3 ゲームボーイアドバンス)

[言い訳とふとした回想]
[PR]
by rentacoal | 2006-06-04 08:25

不連続な強いきもち

b0060499_641986.jpg・・・・・・・・・・永遠は一瞬の輝きの中に
キミに好きな人はいる?
キミは今この瞬間も、その人を愛してる?

僕はまわりの人たちが好きだけど、
思えば昔は「好き」って気持ちが重かった。
いい人じゃなきゃいけないの?
つらいときもしんどいときも、
ずっと「好き」じゃなきゃいけないの?って。

昨日と明日 あの人を思っても、
今日は気分じゃない。
そういうことだってあるんだね。

昨日愛してた
さっき嫌いになりかけた
一秒前また好きになった
愛ってきまぐれ 愛って不連続
となりに座っても2人の気持ちはなかなか重ならない

でも
そんなきまぐれな愛だから
「愛しあう」って奇跡なのかもね。
瞬間は瞬間で続かなくても、
ステキなことだと僕は思うなぁ。

今日はどう?
愛、してるかい?

[なんとなく後書き]
[PR]
by rentacoal | 2006-06-04 07:07